(元)登校拒否系

反学校、反教育、反資本主義、反歴史修正主義、その他もろもろ反対

選択の幻想から反学校の政治へ 第一回 無人島主義



学校から家へ泣きながら逃げ帰ったことがあります。当時10歳だった僕がどんなことを考えていたのか、今となっては正確に思い出すことはできません。ただ、一つ確信をもって言えるのは、学校から逃げ出した当時の僕にとって、学校が世界の全てだったということです。学校の外には何もないかのように思えました。だから、自習時間中の教室を抜け出して校門を出た時には、生きる場所を失ったような気がしました。それからずいぶんと経ち、登校拒否・不登校に関する多くの言説に触れてみてわかったのは、学校から逃げ出した当時の僕の見方は、学校に行かないことを認めない人の多くによって共有されているものだということです。

かつて登校拒否・不登校は、学校に行かない本人やその家族の個人的な病理であるとされていました。たとえば、1988年に出版された本の中で稲村博さんは、「登校拒否というのはその多くが独特の病理を含む一種の社会不適応状態というべき」であると主張しています。その上で彼は、次のように警告します:


適切な治療的対応をしなければ、あるいはこじらせれば、二十代、三十代以後まで延々と不適応状態が続いていく。したがって、その克服には、人間としての土台を築き直し、社会に適応する力を身につけさせることが不可欠であり、そうしない限り、あたら生涯を無為自閉のうちに台なしにしかねない。*1


登校拒否の克服―続・思春期挫折症候群

登校拒否の克服―続・思春期挫折症候群

  • 作者: 稲村博
  • 出版社/メーカー: 新曜社
  • 発売日: 1988/07
  • メディア: 単行本

ここで登校拒否は、あくまでも個人の問題としてとらえられています。だからその解決のためには、学校や社会の変革などではなく、学校に行かない者への「適切な治療」が必要であるとされます。子どもは学校に行くものだということは彼にとって説明不要の前提となっているようです。

このような考え方は現在でもなくなってはいません。しかし一方で、特に80年代終盤から90年代以降、学校にも問題があるとする者も出てきました。彼(女)らは、稲村さんが学校に行かない者を一方的に異常視して治療の対象にしていたのに対して、そのような者を生みだす学校のあり方もまた変革されるべきであると主張します。

「登校拒否児童・生徒の教育実践に取り組んでき」た病弱養護学校にかかわる大藤栄美子さんらも、学校の現状を厳しく批判しています。*2彼女らは、「教育的眼差し」という言葉への楠原彰さんによる解説(「自分が自分自身であることを決して許さず、つねに、果てしなく、自分以外のものになることを『やさしく』期待(子どもにとっては強要)する」)を引用した上で、次のように言います:


現在、「日本の中学校のなかに南北問題が生じてきている」と言われています。すなわち、「教育的眼差し」に「過剰適応」させられていく子どもたちと、「教育的眼差し」からのドロップアウトを強いられ、学校の学習内容からも仲間集団からも疎外されていくことによって学校のなかに「居場所」を喪失させられていく子どもたちとに、二極分解させられてきているのです。……登校拒否の問題は、一方では、「教育的眼差し」に必死になって応えようとしつづけることによって「本来的な自分」を犠牲にさせられてきた子どもたちの上に、もう一方では、さまざまな原因によってその「教育的眼差し」からドロップアウトしていかざるをえなかった子どもたちの上に生じてきています。*3

このような見方の当否はともかくとして、現在の学校のあり方を彼女らが非常に否定的にとらえているということは読み取れます。

しかし、そのような認識をもちつつも、彼女らは学校の重要性を疑おうとはしません。そのことは、彼女らの「フリースクール」に対する評価にも表れています。彼女らは、「フリースクール」が一定の役割を果たしてきたことを認めつつも、「そのようなフリースクールの運動が公教育そのものを否定するようなものになっていくと、かえって、登校拒否状態に追いつめられている子どもたちの教育権を公的に保障していく運動と敵対」*4することになると警告します。いくら問題があろうとも、学校を否定してしまうのではなく、改善することを目指すべきであるというのが大藤さんらの主張です。

このような態度は、いわゆる「進歩的」な人々に多く見られるものです。では、なぜ学校に行かなければならないのでしょうか? 学校に問題があることが明らかであるにもかかわらず、なお学校に行かないことを問題視する根拠は何なのでしょうか?

熊沢誠さんによればそれは、学校に行くことによって得られるものが、将来、仕事をするために必要になるからだそうです。*5彼は、才能に恵まれた者は学校に行かなくともよいとしながらも、「地味な仕事」に就くことになる多くの者が必要とする「言語能力・社交性・文化の享受などを開発する機会」から疎外されることになるから不登校は問題であると言います。その上で彼は、「学校や教師の可能性を探り、それゆえにそれらの現実を批判し続ける視点」*6が必要であると主張しています。

小寺やす子さんによる『いじめ撃退マニュアル だれも書かなかった<学校交渉法>』は、よりわかりやすい言葉で学校に行くことの重要性を説いています。*7彼女は、「いじめ」から身を守るために「一時的に」登校拒否をすることを認めつつ、「現行の学校制度を否定してしまっては、子どもの将来の選択を大幅に狭めてしまう結果にな」*8ると断じます。「金持ち」や「ズバ抜けた才能の持ち主」は例外としても、「ふつうの子どもたち」はいつか「社会」に出て働かなければならない。この現実を無視して安易に登校拒否を容認する評論家らは無責任であると小寺さんは言います。彼女は、学校に行かない者に対して、以下のように言い聞かせるべきであると主張します:


今の学歴社会を考えると、小学校も出ていない子は、会社が雇ってくれない可能性があるわよ。会社に毎日通勤しないと給料はいただけないのだから、学校に毎日来ない子はやっぱり採用してくれないかもね。

そうすると勤め人は無理っぽいから、自営業かな? お店をやるにもお金がないから、無理かな。浮浪者もイヤだし、過疎地に行って休耕地でも安く貸してもらって、農業をやろう。*9


いじめ撃退マニュアル―だれも書かなかった「学校交渉法」

いじめ撃退マニュアル―だれも書かなかった「学校交渉法」

彼女は、「農業」の他に、「ビルメンテナンス」、「掃除夫」、「新聞配達」などを例示しています。ここに表れている職業観の問題性はともかくとして、ここで言われているのは、学校に行かないと将来ロクなことがないから、とにかく学校に行け、ということでしょう。ちなみに、上記引用部の小見出しは「不登校児の治し方」というものです。

学校の現状を厳しく批判する視点は、登校拒否を個人の病理として説明した稲村博さんと比べて、一見、学校に行かない自由を目指す者にとって歓迎すべきものに見えます。しかし、このような視点を持つ者たちが現在の学校を批判するのは、決して学校制度そのものをラディカルに問い直すためではなく、むしろその重要性を強く認識しているからであると言わなければならないでしょう。原因論や問題の所在をめぐってどんな対立があろうとも、「将来の恐怖」を煽って登校を迫るやり方は、稲村さんからさして変化していないことは明らかです。

彼ら全ての主張の根底にあるのが、「学校=社会」という図式です。学校に行かなくては生きていくことはできない。学校の外に生きる場所はない。そこから逃げ出すことは、社会の外に出て無人島で暮らすようなものだ。しかしいつまでも無人島にとどまるわけにはいかない、いつかは大人として社会に「復帰」しなければならないのだから、不登校を認めるわけにはいかない……。

この「無人島主義」とでも呼ぶべき立場の問題点の一つは、問題をいわば「無人島」に閉じ込めてしまうことによって、「社会」の側が永遠に変わることのない普遍的な現実として不問に付されてしまうことです。たとえば熊沢誠さんは「地味な仕事」に就くことになる者が必要とする「言語能力・社交性・文化の享受などを開発する機会」を奪われることになるから不登校は問題であると言いますが、ある種の仕事が一部の人間に押しつけられる現在の不平等な社会的分業のあり方を問おうとはしません。

しかし「無人島主義」の問題点は、もっと根本的なところにあると思います。そもそも、「社会から逃げ出す」などということは本当に可能なのでしょうか? 子どもは学校から逃げ出すことによって社会からの脱出をはたすのでしょうか?

学校に行かなくなった者は、実に様々な方向から圧力を受けます。親・教師・専門家・子ども本人、ほとんど誰もが学校へ戻そうと働きかけてきます。その目的のために彼(女)らは殴られ、投薬され、監禁され、そして時には殺されます。そのような目に見える暴力がなくとも、「学校には何があっても行かねばならない」という掟(おきて)は誰もが知っているものです。有形無形の力が、彼(女)らを学校に戻そうと襲いかかります。

このように子どもたちは、学校に行かなくなることによって社会から脱出するどころか、むしろそれまでよりも強烈に社会を経験することになります。皮肉にも、「社会の外では生きていけない」という言説の存在そのものが、極めて社会的な現象であると言えるでしょう。結局、社会から逃げ出すことなどありえないのです。私たちは、何をしていようと、どこにいようと、同じ一つの社会の中にあります。問われるべきは、学校に行かない子どもやひきこもりを社会にどう「復帰」させるかではなく、彼らがいま現に生きているこの社会をどう変えるかということでなければなりません。


*1稲村博,1988,『登校拒否の克服 続・思春期挫折症候群』新曜社, ii.

*2:大藤栄美子ほか編,1992,『登校拒否児の未来を育む 寄宿舎のあるもうひとつの公立学校』大月書店

*3:ibid., 184.

*4:ibid., 220.

*5熊沢誠,1998,「『地味な仕事』で生きていくすべを」『不登校新聞』1998. 12. 1: 1.

*6:ibid., 1.

*7:小寺安子,1994,『いじめ撃退マニュアル だれも書かなかった<学校交渉法>』情報センター出版局

*8:ibid., 4.

*9:ibid., 262.